誰かが帰って来る
なんどか原稿をお願いしている先生から聞いたお話です。
先生は私達より、かなり年上の方です。
これは先生が、ご自分のお兄さんから、先日聞いたお話だそうです。
決まった時間に起こる怪異
何十年も前の話だけどね。
その時、ボクの兄は大学4年、ボクは高校2年だった。
実家は首都圏のベッドタウンにあるマンションで、
当時、ボクたちの両親は共働きだったんだ。
だから平日の昼間に家にいるなんて、
当時もう大学4年だった兄だけだったんだね。
なにせ兄は、もう就職先は決まっていたし、
講義も少なくなってたし、バイトもしてなかったから、
仲間と遊びに行くか、後輩をイジリに大学にいくか、
それ以外は、まったく暇を持て余しているようだった。
その日、兄は何処にも行かず、なにもせず、
家で、一日ぐーたらして、午後には昼寝していたらしい。
兄がウトウトしかけた頃、玄関が開く音がした。
マンションの鉄扉が、ぎぃと開く音が兄の部屋まで聞こえたんだって。
家の中は妙に静かだったという。
玄関が閉まる音がしたあと、廊下を通ってリビングに、だれかが入ってくる気配がした。
ミシっ、ミシっと、リビングの床を歩く足音が聞こえたから、
てっきり弟のボクが帰って来たと思ったらしいんだ。
そして、足音は兄の部屋の隣にあるボクの部屋に入った。
その時は、「なんだ、あいつが帰って来たのか」って
兄は思ったから、気にせず寝ようとしたらしい。
しかし、なぜか、その足音は
部屋の中をグルグル歩いているだけで、一向に落ち着かない。
ミシっ、ミシっ、ミシっ、ミシっ。
ずっとね。歩いている足音が聞こえたというんだ。
「メンドクセイやつだな」と思った兄は、
その日は、それ以上何もせず、放っておいたのだと言っていた。
そうこうしているうちに、5時半過ぎに、
弟であるボクが、また帰ってきたと兄は言うんだ。
そんなわけあるか?っと言ったのだけど、
その日は兄は寝てたから、ボクがまた外に出かけて、
もう一度帰ってたのかと思っていたらしい。
その後も、講義が無い日や友人との集まりが無い日など、
兄が家でゴロゴロしていると、
毎日、午後に玄関をあけて、誰かが帰ってくるようになった。
玄関から、廊下を歩いてリビングに入り、
兄の部屋の隣にあるボクの部屋に入ってから
ミシっ、ミシっと、部屋のなかを、
ただグルグル歩き回っている足音が、していたというんだ。
何日かそんな日が続いた時、兄はふと気が付いた。
それが家に入ってくるのは、いつも午後3時ピッタリだということに。
ある日のこと、兄は、午後5時すぎに帰宅したボクに向かって、
今日は何時に帰って来たか?と聞いたというんだ。
実際ボクは、その会話を憶えていないんだけどね。
兄とボクはこんな会話をしたそうだ。
「お前今日は何時くらいに帰って来た?」
「部活してないから、いつもと同じだよ」
「だから!何時ごろだよ?」
「え?だいたい4時半廻ってるくらいかな」
「お前、部活してないから、3時くらいに帰ってくることあるよな?」
「それは無理だよ、授業は3時まであるし、ボクは進学クラスだよ。早くても4時すぎだよ」
兄はそれきり何も聞かなかったという。
ぼくの高校は都内の私立だったし、
家からは乗り換えで、通学片道40分は、かかっていたんだよね。
ボクの返事にも納得できなかった兄は、
どうしても確かめたくてなって、
翌日も家にいたんだそうだ。
ボクが兄をからかっているんじゃないか?って考えたんだって。
その日は昼寝もしないで、じっと自分の部屋で待っていると、
やはりぴったり午後3時に、誰かが無言で玄関ドアを開けて
入ってきたというんだ。
しかしね、そこでね、兄はとんでもない事に気が付いたというんだよ。
いままで、その誰かが、家に入って来る時には、
玄関ドアの鍵を開ける音が、しなかったってことに。
そして、いつもボクが部屋に帰ってきたときは、
部屋のドアを開け閉めする音がするはずだし、
すぐ机にドサッと重い鞄を置く音が、聞こえるはずだってね。
息をひそめて待つ、兄の事など気付いている訳もなく、
その日も、その足音は、
廊下を通ってリビングにはいり、
兄の待つ部屋の隣、ボクの部屋に入ったんだって。
そして、やっぱり、グルグル歩き回っている。
3分、5分近く経っても
足音は部屋をグルグル歩き回っていたんだって。
兄はどうしても、誰がいるのか確かめたくなって、
そっと慎重に自分の部屋から出て、
ボクの部屋のドアを開けようとドアノブに手をかけた。
まだ、足音は聞こえる。ミシっ、ミシっ
兄がユックリ、ドアを開けたら、
ピタっと、足音が急にしなくなったというんだよ。
すぐにドアを全開して、ボクの部屋を見回したけど、
部屋の中にはだれも居なかったというんだ。
でも、なにか機械油のような匂いが、かすかにしたと言っていたよ。
その日から兄は、昼間はできるだけ家に、いないようにして、
ボクが帰ってくる時間より後に、
帰宅する事に、決めたんだと言っていた。
でもね、お互い、いまや結婚して、子供も独立した年齢なのにね、
いまさらそんな話をボクにされても、本当に困るよね。